この作品のあとがきに
「この作品は深読みとかできるし、楽しめる作品になってると思う。」
という意味の作者のコメントがある。
ここで言う「深読みのできる楽しめる作品」とは、明らかに
伊園家の崩壊
をさすものであり、
ナゼ、そうと分かるか?
作者が読者に期待した深読みとはどういうものか?
そうすると犯人は誰か?
を述べてみたいと思う。

その前に第一話 
  
どんどん橋、落ちた

の、感想から。
ネットでザッと調べた感じでは、この謎を解くのは簡単ではないようである。私は、細部にいたるまで完璧に解けた。
それで気をよくして

ぼうぼう森、燃えた

にいった。こっちは完全にやられた。この作品は、この本の中でも存在価値が高い。これがなかったら、この本を出す価値は、なかったかもしれない。
そして解けなくて悔しかった。

フェラーリは見ていた

では、謎を解いてやろうと意気込んでいたのだが、この作品は読者への挑戦ってのがなくて、何となく回答編へ行ってしまっていて、騙された感が残った。
ってか、悔しかった。
で、次の

伊園家の崩壊

は何が何でも、絶対に解いてやろうと意気込んだ。私自身、作家志望なので、アイデアで負けたくなかった。この作品は
    読者の思い込みの盲点
をついたトリック集みたいだから、つぎも、必ず、そういうトリックだと思った。ってか、前の2編も、それは分かっていたのに解けなかった。解けなかったら作家としての才能や将来が否定される感がある。それに京都大学でたやつに負けたくなかった。超一流大学でてないと推理作家にはなれない・・・みたいなジンクスを持ちたくなかった。
そこで、 伊園家の崩壊 を読み出す前に、本を閉じて、この作品で使われるであろうトリックを先回りして考えてみた。
私の考えたのは
 作中の、誰かが死んでいるのに、読者が生きていると思い込むトリック

 本当はどこかの”場所”のことなのに、読者が、”モノ”だと思い込むトリック
だ。この二つを念頭において、伊園家の崩壊を読み始めた。

だから、読み始めて直ぐにキタッ!・・・・と思った。
以下、ネタバレ注意。



登場人物が盛んに
”あちら”側の住人。”こちら”側の住人。と言っている。つまり、これは、死の世界と、生の世界のことだなと。
「時間が同じところをぐるぐる回ってる。」とか「ナゼ、あちら側の住人が、こちらがわにコンタクトを取れるのかという問題は、この際おいておいて・・・・」とか、書いてある。盛んに ”現実” って括弧でくくってある表現がしてある。私は
綾辻行人、敗れたり!
と思いながら、先を読み進めた。
 さて、作者の挑戦のところまできて、私は悩んだ。
何がどう、あのよとこの世が倒錯しているのかサッパリ分からなかった。自分の将来を否定されないために考えた。正直言って3時間以上考えた。それで、
「これはしかし、こっちの世界の現実の話として解けるんじゃないか?」
てなって、結局その線で解いてみた。そして、解けた。ちょっと、アンフェア的な点はあるものの、細部にわたって、かなり無理なく推理が組み立てられた。


現実世界としての私の回答編

 サザエは自殺。猫にコヨリではなく、猫におつかい。と私は推理した。コヨリだったら、猫がそのあと池に入らなかったらどうする?犬みたいな猫だから、お使いもできると考えてアンフェアではない。猫の首に小さな袋をぶら下げ、その中に事情を書いた手紙と、剃刀の歯を入れて・・・信頼できる人へ・・・頚動脈切っていたって、切り口を手で押さえながら喋れる。猫の死については、やはり毒の効き目、効き方の実験に使ったと推理。猫に”お預け”を言った人物は不明だが”ヨシ”を言ったのはワカメだと考えた。
 しかし、これだと、ナゼ、次にワカメが狙われるのかとわかったのか、どうしても説明がつかない。しかも、「犯人はまだ、目的を終えてない。」と言っている。私の推理ではサザエは自殺なので、他殺って形で死ねば保険が降りて目的達成である。サザエ殺しの犯人であるサザエが死んだ後にワカメを殺す方法がどうしても思いつかなかった。(この点、作者は実にセコイ手を使っている。)
 さて、そこで深読みである。
この作品集は
     読者の思い込みを利用したトリック集
のはずなので、伊園家の崩壊のトリックもそうなっているはずである。そうなってなければ、読者は納得しない。だから、そうなってるはずだ。絶対そうなっている。俺はもう騙されんぞ。絶対に解いてやる。
・・・という勢いでもって私は、回答編にもあとがきにも載ってない回答を推理してしまった。しかし私の思うには、綾辻氏は、このトリックを考えたはずである。が、なんらかの理由で、これをボツにし回答編に使用しなかったのであろう。だって、他の4篇がいずれも
   思い込みのトリック
を使っているのに、伊園家の崩壊だけそのトリック使ってないのは不自然だから。それに、この推理は、推理小説としての面白みに欠ける。これじゃ、読者は驚かないし、喜ばない。



私の深読み推理による回答編。

 イササカ先生は既に死んでいる。イササカ先生が、書いている伊園家は”あの世”の伊園家である。
 イササカ先生の奥さんはまだ生きている。生きている奥さんに”この世”の伊園家について聞いてしまったので「ベランダから出入りした人はいなかった。」となってしまった。(この点は、イササカ先生の一人称で「警察はさぞかし混乱しているだろう・・・」と想像文になっている。)
 したがって、”あの世”の伊園家では、ベランダから出入りした人物がいる。カツオである。カツオは姉が一人で何をしているか興味を持って覗いた。すると自殺していた。「自殺じゃ、保険がおりないぜ!」ってんで、強盗に見せかけた。
 ”あの世”で死ぬとは、”この世”に生まれることであろう。イササカ先生記述による風俗描写が古臭いのは、あの世の時点が、この世に生まれる前の時点を描いているからである。イササカ先生は「”こっち”では時間がぐるぐる回ってる。」と説明している。
 ・・・つまり、”あの世”で、最初に死んだフネが”この世”ではサザエとして生まれ、次のナミヘイがカツオとして、次のサザエがワカメとして生まれている。順番で言うと、次に生まれるのはタラちゃんなので、あっちで死ぬのは男の子であると思われる。のだが、こっちの住人の綾辻氏はこっちの伊園家のことを知っていると冒頭に書いてある。こっちの伊園家ではもう直ぐ女のコが生まれる予定なので、あっちで殺されるのはワカメだと予言できたのだ。
 以上。

 作中の、特に冒頭にちりばめられている様々な伏線から、作者はあきらかにこの様な深読みを読者に期待している。
ネットで調べても、こういう回答がどこにもないので、作者はイササカ不本意であろうと思って私が書いてみた。
 どなたか、コネのある人は先生に聞いてみて、これで正解かどうか私に教えてください。


最後の 意外な犯人 

はあまりにも簡単で直ぐ解ける。犬が着ぐるみかも・・・ってチョットだけ思った。