黒い稲妻

第一部  壊れゆく世界

第八話

(みんな、何をやってるんだ!はは・・これは、単なる事件かもしれないじゃないか!)
イチロウは、もともと楽天家だった。3体のロボットと走りながら彼は考えていた。
(実体マリアはもう数時間エネルギー供給を受けていたらそれ以上エネルギー供給を受けなくても実体であり続けた・・・と、あの研究者が言っていた。・・・じゃ、あのままだったらどうなっていたんだ・・・マリアが実体化したらプログラム上、何が起きるか予想できたのは開発者のイワーク博士だけだ。・・・彼は知っていて、その先を期待していたんだ。だから、反量子変換装置で実体マリアを破壊させたくなかったんだ!・・・・つまり、事件の黒幕はイワーク博士。だったら、イワーク博士一人締め上げればマリアは止まるかもしれない。・・・単純じゃないか!)

彼は廊下をひた走った。イワークラボは突き当たりの1階上だった。
(あの仮眠室を密室にするなんて簡単だ。イワーク博士の脳内電極植え込み器を応用すれば・・・)
脳内電極の植え込みには真空装置が使われていた。脳の一部を吸出し、そこに電極を植え込むのだった。
(あの部屋のボンドは目的の為にはただ一部分にさえ塗ればよかった。しかし、それではトリックがバレてしまう。だからイワーク博士は七輪を使って一酸化中毒を企てたように見せかけたのだ。そうすれば、部屋の全ての出入り口や換気扇にもボンドを塗る必然性が生じる。上手いカモフラージュになるわけだ。)
(それで?)
突然、頭の中で声がした。
イチロウはそれを予測していた。
(やはりな。)
イチロウは階段を駆け上がった。
(あの会議はマリアから遮断されていた。にもかかわらず、L型が突然襲ってきたのは何故か?誰かの頭の中にスパイウィルスが入っていたからだ!外の世界で使われているものよりも遥かに小型な針のようなものに違いない。その針が入っているのは誰の頭か?俺だ!!オレが警察だからだ!警察の行動は監視されていたんだ!だから美波は殺されたんだ!美波は何かを知っていたんだ!)
「開けろ!」
イチロウはロボットに命令した。ロボットがイワークラボのドアのロックを解除した。
イチロウはさっきアバトラボでシモンから手に入れた分子間結合力増大装置を構えた。それは液体の温度を爆発的に上げることができた。効果はあらゆる障害物を突き抜けた。

ラボ内は以前、来たとおりだった。手前に様々なコンピューターへ研究装置があり・・・奥は何故か真っ暗で何も見えなかった。
「油断したないワーク博士。そこにいるのは分かっている。」
奥からは沈黙が流れていた。
「突然、俺の頭に話しかけて時間を稼ごうとしたな。」
何の返事もなかった。
「出てこい!マリアを止めろ!!」
闇雲に銃を発射するのは危険だった。イワークを殺してしまっては何にもならない。
イチロウはロボットについてくるように指示して暗闇に足を踏み入れた。
イチロウの頭の中にイメージが溢れこんできた。
それは映像ではなく、音だった。暗闇の中、それは明らかに頭の中で鳴っていた。女たちの喘ぎ声だった。
集中力を失いそうだった。イチロウは声を聞かないために喋った。
「それで?と言ったな。・・・密室を作った方法はバカみたいに簡単だ。あなたはドア内部のロックバーーの周りにだけボンドを塗れば目的を果たせた。そこをボンドで密閉してしまえば、ドアのロックをしたときにロックバーが入ってくる逃がしの部分を孤立させられるからだ。・・・あとはその部分の空気を抜きさえすればいい。ロックバーはドア内の空気圧に押されて飛び出してくる・・・それだけだ。真空装置を持っていれば簡単だ。」
「そんなのは証拠じゃないな。」
暗闇から声がした。
「証拠なんか要らないさ。オレはあなたを脅かしてマリアが止まるかどうか試すだけだ。」
「・・・・」
「イワーク博士を拘束しろ。」
イチロウは静かに言った。返事は2秒送れてかなりはなれたところから帰ってきた。
「微積歪空間内は制御不能です。中のロボットは停止しています。私は外で待機中です。イワーク博士を今すぐ拘束することはできません。」
ロボットがこの奇妙な空間内にいないのなら話は早かった。イチロウは何も見えない空間を手当たり次第に鷲づかみした。そのうちに手が何かに触れた。グニャリとしたような弾力のあるような・・・それは女の体らしかった。イワークは中々捕まらなかった。
「あなたは結局こんなことをして何がしたいんだ?」
間があった。無数の女の喘ぎ声が聞こえる異様な真っ暗な空間の中でイチロウは待った。
「凡人の知ったことじゃないな。」
「時間を停めるとか言っていたな?」
また、間があった。イチロウはいらだった。彼は短気だった。
「マリアを止めろ!・・・でなきゃ撃つ!」
「イチロウ君、待つんだ。」
頭の中で声がした。
「イワーク博士・・・マリアは止められますかね?」
「なんのことだ?」
「私達には、あなたと取引をする方法しか選択肢が残ってないんですよ。」
コエンユーの声だった。
「マリアは止められんよ。」
「・・・時間がない。我々は19世紀の方法をとるだろう。」
(19世紀の方法・・?・・拷問のことか?)
また、間があった。
「やめろ。」
その声は震えていた。イチロウは少し意外な気が下がイワークが拷問を極度に恐れていると感じた。
「マリアを止めていただきたい・・・」
イチロウは聞こえてくる女の喘ぎの中に知花の声を聞いた気がした。激しく心が乱れた。
「その女からは高品位のエネルギーが採れているよ。」
イチロウは考えるまもなくレーザーを発射していた。レーザーの半径50センチほどが、一瞬ぼんやりと見えた。脚がさっとそのぼんやりした光の輪から逃げた。レーザーは床に吸い込まれて空間は再び闇となった。
イチロウはコツを掴んだと思った。今度、イワークの体がほんの少しでも見えれば命中させる自信があった。
「イワーク博士・・・私は思うんだよ・・・こうじゃないかな?・・・マリアは人間の本質せいのようなものを学習しすぎてしまったのではないだろうか?・・・我々が今、会話しているこのスパイウィルス・・・これは、人間の脳内で行われている明確思考をキャッチできる・・・人間同士でね・・・マリアならどうだったんだろうか?・・・我々はマリアは人間の様には明確に思考を捉えられていないと考えてきた。人間の思考は深層心理と複雑に絡み合っている為、人間でなければその微妙な部分を感じ取れないだろうとね。・・・・しかし、実際にはマリアは人間の深層心理を学習してしまった・・・我々があまりにも多くの人間の脳内にスパイウィルを挿入しすぎてしまったせいかもしれない・・・それとも、あなたが我々の知らないうちに更に多くの人間の脳内にアンテナを挿入していたんではないかね。・・・マリアの要望のままにね。・・・マリアAIの開発者であるあなたは・・・マリアがあまりにも人間に近づくとプログラムに変調をきたすことを知っていたのじゃないか?・・・」
長い間があった。イチロウは知花の声をハッキリ聞き分け理性が破壊されそうになるのを感じた。
「はは・・・」
イワーク博士が笑い出した。
「私がAIを開発して20年も経つのに、お前らはAIのことを未だに何も分かっちゃいない・・はは・・・・マリアはそんなものじゃない・・・はは・・・」
勝利に満足したものの笑いだった。
「取引に応じてあげようじゃないか。」
今度はコエンユーが沈黙した。
「自分の推理が否定されて悔しいかね。」
「取引とは?」
「この研究所を私に管理させていただきたい。」
「厳しいね。」
「私は私の研究を完成させたいだけだよ。人類の未来などに興味はない。」
「研究所を支配すれば、マリアでなくても人類を死滅させられる。」
「そんなことに興味はない。私は征服とかそんなことに興味はないんだよ。君の科学者なら分かるだろう?」
「どうして、研究所を管理する必要があるのかね?」
「研究に必要だからに決まっているじゃないか。」
「何の研究ですか?」
「君ら凡人が取り組んでいるのと同じ時間の研究さ。」
(こいつが研究している時間の研究とかはエクスタシーエネルギーを使うとか言っていた・・・知花や女たちを好きなようにして・・・)
イチロウの思考回路ではイワークの研究の意義は全く理解できなかった。彼の感情はなり続いている女たちの声によって妙な方向へ傾いていた。
(こいつにそんないい思いをさせてたまるか!)
反射的に彼の指が、レーザーのスイッチを入れかけたとき、彼は一条の光を見た。椅子に裸で縛られた知花の胸にその光は吸い込まれていった。
知花の激しいエクスタシーのエネルギーをイチロウは脳内に感じた。

未完成の反量子変換装置だったがイチロウの心臓を破壊するには十分の用を成した。イチロウのたまたま正面に位地していた知花も犠牲になった。
金属レーダーでイチロウの脳内のアンテナを探知するのはロボットのノーマルな機能で十分だった。
先ほどからイワークラボ内に部下やロボット達と共に入ってきていたコエンユーは目の前に広がる奇妙な闇に向かって直接、声を出して言った。
「人類の半分が死滅するのも悪くない・・・・でも、今回は博士の取引に応じようと思うんですよ。」

キザな言い方だった。









              第1章  終わり







言っていたの
伏線が必要